「声を出すこと」: 小鳥のさえずり とヒトの言語
人を含めた「個性」とはどのようにして形成されるのだろうか?
「生物の個性」の研究は、動物行動学に限定しなくとも、医学・農学(育種学)・発生生物学・心理学・発達児童学・教育学・運動学 等々における『生まれと育ち』問題に帰着される。
この問題は、「氏か育ちか」、「遺伝(Genome)か環境(Environment)」や「Nature vs Nurture」とも言葉を置き換え、過去から現在に至るまで、様々な場で長く議論されてきた。事実、この問題はヒトを含めた生物のもつ多様性・種特異性・可塑性を議論することにも直結する。
動物が生成する多くの行動が、「生まれ」つまり生得的にプログラムされているのか、それとも育った「環境」やその生育過程における学習によって獲得されるのか、またはその両方であるのか。多くの二項対立問題が、その片方のみで答えが出ない故に問題そのものになっていることを考えれば、当然であるが物事はそんなに単純なことではない。
だからこそ、研究する意義があると考える。
動物の『行動』は、「生まれ」と「育ち」がどのような場面でどのように結びつき、お互いが影響しあうことで獲得されていくのか?
『生まれか育ち』ではなく、『生まれと育ち』の両面から考えることにこそ新たな意味を見いだせるのではないであろうか。では、これらを、生物学的に、神経学的に、行動学的に理解していくにはどうすればよいか。
なぜ、ソングバードを用いて研究を行うのか?
言葉を話すこと。楽器を演奏すること。運動フォームを習得すること。これらは「感覚運動学習」によって獲得される。つまり、見たり、聞いたり、触ったりといった感覚からの刺激・入力を頼りに、自ら「行動」というアクションを起こし、トライ&エラーをしながら、何かをできるようになる学習である。
だから、何千回と同じ曲を聞いても楽器をもって練習をしない限り、何も弾くことはできない。他人がやっているスポーツをいくら観戦しても少しも上手くはならない。 そしてもし、それらをなんとか習得できたとしても、話し方、演奏の仕方、運動フォームには「個性」が表れる。
この感覚運動学習は楽器を演奏したり、スポーツを習得する以外に、我々ヒトにとって人たらしめる活動を支えている。「言葉を使って話す」という行為である。ヒトの言語は、感覚運動学習の一つである発声学習によって習得される。大人が話す内容を幼児が聞いて[聴覚入力・記憶]、それを真似ようとして声に出し[発話運動]、その出した声を聞いてまた修正を加えていくこと[聴覚フィードバック]で言葉を発音できるようになる。そして、一度獲得された言葉も若年期までに重度の難聴になるとその後不明瞭な発話になってしまう。まさに発声学習とその維持は「感覚運動学習」を土台にしてなされる。言語はヒトに特有のものであり、ヒト以外の動物は言語をもたない。しかし、ヒトの言語習得と同様に発声学習によって発声パターンを習得する動物が存在する。身の回りにいる小鳥(鳴禽類ソングバード)である。
ソングバードのさえずりも、ヒナのときに親鳥や周りの成鳥の歌パターンを聞いて、自発的に発声を繰り返し、記憶した発声パターンに近づけていくことで獲得される。ヒトの赤ちゃんがバブバブと声を出し、徐々に明瞭な単語を話せるようになるのと同じように、小鳥のヒナもサブソング(subsong)と呼ばれる音圧も低く不明慮な発声から始まる。その後、音韻要素が明瞭になるが音の順番がまだ変わりやすいプラスティックソング(plastic song)と呼ばれる状態を経て最終的に固定化したさえずり(crystallized song)を発声するようになる。これが、ソングバードの「さえずり学習」と呼ばれる発声学習である。誰から何を、いつ学ぶかによって、一羽ごとのさえずりが少づつ違う。
また、発声学習は感覚運動学習であるために、ヒナが孵化したあとすぐに隔離して他の個体との接触をなくしてお手本となる歌を聞かせないで育てた場合(social isolation)や、孵化後すぐに手術をして聴覚をなくした場合(deafening condition)では、正常のような明瞭な歌パターンを発声できなくなる。また歌を獲得した成鳥でもその後聴覚を剥奪するとせっかく獲得した歌パターンが不明瞭になってしまう。
このように獲得した歌パターンをソングバードは自発的な行動として生成する。そのため、実験の都合で無理に鳴かそうとしても決して思惑通りにさえずってはくれない。そして、さえずりはその歌パターン(構成する音素の数・種類・時系列順序等)によって、種特異性をもちながらも、一羽一羽ごとに異なる個体シグナルとしての意味をもつ。それゆえ、求愛やテリトリー宣言といった彼らの生活にとって重要な学習行動といえる。
なぜ小鳥はさえずることができるのか。そのとき脳内では何が起こっているのか。
研究内容
: 神経活動依存的なエピジェネティクス制御の観点から
: 動物種特異的な行動パターンはどのようにして生成され、
進化してきたのか?その分子基盤を探る