研究目的
「自発的行動が、脳内でどのような遺伝子発現レベルの違いを生み、それが学習発達にどのような影響を与えうるのか?」、この神経分子メカニズムを明らかにしたい。
本研究の目的は、動物の行動によって発現誘導される遺伝子群が脳内エピジェネティクス動態にいかに関わり、それが個体の行動表現型にどのような影響を与えるのかを明らかにすることである。
行動によって脳内では神経活動依存的な遺伝子発現が誘導され、神経可塑性などの神経回路の機能特性変化が起こる。そして、後天的に学習によって獲得される行動の多くが、いつ・どのようにして・どれだけの量を生成されるかにより、その後の学習達成度・効率などに大きな違いが生じる。「行動の質・量・時期」をモニターし、それを脳内遺伝子発現制御に還元していくメカニズムが存在しているのではないであろうか?
これに対して本研究では、神経活動依存的かつ時空間発現制御を受ける遺伝子発現に着目し、『行動発現を起点とするエピジェネティクス・フィードバック制御』の存在という作業仮説を立て、これを検証する。また逆に『脳内エピジェネティクス変化から感覚運動学習を介した行動表現型形成に与える影響』を検証し、行動と脳内エピジェネティクス動態との相互関係を明らかにする。そのための研究戦略として、発声学習能をもつ鳴禽類ソングバードを動物モデルと用いる。発声パターンの学習、特に自発的な発声行動によって発現誘導される遺伝子群がいかに脳内エピジェネティクス動態に関わっているのか、またそれによって学習効率・学習戦略・学習臨界期制御といった神経機能の最終アウトプットである行動表現型に影響を及ぼすのか明らかにしていく。
研究の背景
動物の多くが学習によって獲得される行動を発現し、環境に適応している。その行動が表出されるとき、脳内では様々な遺伝子群が誘導されている。神経活動依存的な遺伝子発現として呼ばれる現象である。このような神経活動によって発現誘導される遺伝子群は、転写調節因子・神経栄養因子・神経伝達物質受容体のシナプスへの輸送やアンカー分子として、直接的に神経可塑性制御に関わっている[図1A]。しかしこれら行動を起点とする神経活動によって発現誘導される遺伝群の多くが個体発達や学習過程で、いつもに同じように神経活動によって脳内の神経細胞で発現されているわけではない。
これまでに、感覚運動学習とその学習臨界期制御の神経分子基盤を明らかにすべく、発声学習能をもつ鳴禽類ソングバード[図1B]を動物モデルとして研究を進めてきた。発声行動によって発現誘導される遺伝子群を探索し、ATF・Egr転写因子群やArc, Proenkephalinといったシナプス可塑性に関わる多様な遺伝子群が、神経活動依存性のみならず、学習臨界期時期特異性、そして脳部位(細胞タイプ)特異的な時空間発現制御を受けていることが明らかにしてきた[図1C]。自発的な行動として観察される『声を出す』という行動においても、発声学習を行っている臨界期中の若鳥と学習を終えた成鳥とでは、発声行動によって誘導される遺伝子セットも異なるし、その脳内発現パターンも大きく異なるのである。
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研究目標: 何を明らかにしようとするのか
具体的には以下の2点にフォーカスした研究戦略を立て、動物が生成する行動と脳内エピジェネティクス動態の相互関係を明らかにしていく研究を目指す。
[Aim I]
動物自らが振舞う日々の行動によって、脳内では神経活動依存的エピジェネティクス制御因子群の発現誘導を介して、ゲノムワイドにエピジェネティクス状態が“刻々と”ダイナミックな変化を遂げているのではないであろうか?
「行動の質・量・時期」を脳内エピジェネティクス情報に還元し、その後の神経回路の機能特性に関わる時空間発現制御に影響を与える分子機構『脳内エピジェネティクス・フィードバック制御』の存在を検証することを研究の第一の目標とする。
[Aim II]
上述したように、自発的行動に起因した脳内エピジェネティクス変化によって、多様な遺伝子群の発現部位・量が修飾を受けていると考えられる。このようなエピジェネティック制御による脳内遺伝子発現調節が、行動生成に直結する神経回路の機能特性の変化にいかに関わるのか?脳内エピジェネティクス変化による動物個体レベルの学習・行動表現型形成へ与える影響を実験的に検証することを研究の第二の目標とする。