Wang H, Sawai A, Toji N, Sugioka R, Shibata Y, Suzuki Y, Ji Y, Hayase S, Akama S, Sese J, Wada K.
(どのようにして小鳥は種によって違った歌を歌うようになったのか?)
PLoS Biology 17:e3000476. 2019
doi: 10.1371/journal.pbio.3000476.
研究成果の概要
小鳥で近縁種であるキンカチョウとカノコスズメを用いて,遺伝子の読み出し方(遺伝子発現制御)がどのように脳内で変わったことで種特異的な歌パターンが生まれたのかを明らかにしました。
小鳥の歌は,ヒトの言語と同じように親など他個体の発声パターンをまねることで後天的に獲得されます。小鳥は,種によってさえずり方が違うように,生まれながらにもつ遺伝情報の影響も受けて,種特異的な歌を歌うようになります。しかし,種分化の過程でどのような遺伝情報の変異が蓄積したことによって種間で異なった歌を歌うようになったのかはわかっていません。これは,小鳥の歌に限らず「動物の行動がどのように進化してきたのか?」という現在の生物学研究の大きな問題の一つです。
この問題に対して,鳴禽類スズメ亜目に属するキンカチョウとカノコスズメに着目して研究を行いました。この2種は近縁種にもかかわらず,さえずり歌が大きく異なり,また近縁種ゆえに雑種ハイブリッド個体を作り出せます。この近縁種2種間での「遺伝子の読み出されている量」とその子孫のF1ハイブリッド個体での「遺伝子座の読み出し比」の2つの情報から,ゲノム上の各遺伝子の読み出しに関わる変異の有無を判定できました。その結果,さえずり発声に重要な脳部位(歌神経核)で約800個の遺伝子でその読み出しに関わる変異が起こることが分かりました。これは脳内で読み出されている遺伝子の約10%が影響を受けていることを意味します。特に,遺伝子の読み出し調節に関わる因子の性質を変えるtrans(トランス)変異によって,神経機能に関わる遺伝子群が多くの影響を受けていました。
この2種間で異なる読み出し調節に関わる因子として,脳由来神経栄養因子として知られるBDNFを同定しました。実際にBDNF作動薬をキンカチョウの脳内に入れると,トランス変異を受けている遺伝子群の読み出し方が変わりました。また,BDNF作動薬を2週間投与されたキンカチョウは,本来のキンカチョウの特長をもつさえずり歌パターンが崩れて異常な歌を歌うようになることを 実験的に検証しました。
研究成果
キンカチョウとカノコスズメとの2種間で,さえずり発声に重要な脳部位(歌神経核)で働いている遺伝子の約800個の遺伝子において,そのゲノムからの読み出しに関わる変異が起こっていることがわかりました。これは,脳内で読み出されている遺伝子の約10%が影響を受けていることを意味します。特に,遺伝子の読み出し調節に関わる因子の性質を変えるトランス変異が,神経機能に関わる遺伝子群に多くの影響を与えていることがわかりました。この読み出し調節に関わる因子として,脳由来神経栄養因子として知られているBDNFを同定しました。実際,BDNF作動薬をキンカチョウの脳内に投与するとトランス変異を受けている遺伝子群の読み出し方が変わりました。また,BDNF作動薬を2週間投与されたキンカチョウは,本来のキンカチョウの特長をもつさえずり歌パターンが崩れて異常な歌を歌うようになることを実験的に検証しました。
今後への期待
今回の研究から,シス・トランス変異によって,近縁種においても脳内細胞で数百以上の遺伝子の読み出し方が変わっていることがわかりました。また,このような包括的な情報を基にどのような細胞内シグナルや遺伝子発現制御に影響を受けているのかも予測することが可能になりました。このような研究手法は,キンカチョウとカノコスズメとの2種間に限らず,異種間ハイブリッド個体を作り出せる生物種全般に適用可能です。
さらに,異種間のほか,同種内においても個体間でゲノム配列に個人差があることがわかっており,行動の種差のみならず,行動の個体差の研究においてもソングバードを用いた研究が貢献できると考えています。