論文解説 2013


Wada K*, Hayase S, Imai R, Mori C, Kobayashi M, Liu W-C, Takahasi M, Okanoya K.

Differential androgen receptor expression and DNA methylation state in striatum song nucleus Area X between wild and domesticated songbird strains.

European Journal of Neuroscience (2013) 38:2600-2610

doi: 10.1111/ejn.12258.

 

研究成果の概要

  これまで学習によって獲得される動物行動がいかに進化してきたのか,よくわかっていませんでした。今回,発声学習(さえずり学習)をする小鳥であるジュウシマツ(家禽型)とコシジロキンパラ(野生型)でアンドロゲン受容体の脳内の発現パターンが違っていることが明らかになりました。これらの小鳥は同種であるのにもかかわらず異なるさえずり方をします。今回さらに,ゲノム上のアンドロゲン受容体の発現調節領域のDNA メチル化状態が異なることも明らかにしました。これは脳内の神経回路構造やゲノム配列が非常に似ていても,エピジェネティクス状態の違いによって脳内の遺伝子発現パターンや量を変えることで神経回路の性質を変えることが可能であることを示唆します。

 

(背景)
  これまで学習によって獲得される動物行動がいかに進化してきたのか,よくわかっていませんでした。ジュウシマツとコシジロキンパラは同種の鳴禽類で,おおよそ200 年前に野生型のコシジロキンパラを日本で家禽化してジュウシマツが作出されました。この家禽化の過程でこのジュウシマツとコシジロキンパラ,同じ種であるのにさえずり方(発声パターン)に違いが生じたことが知られています。(一般的にジュウシマツのほうが複雑な歌をさえずる。)同種であることから,ゲノム配列や脳内の神経回路の構造も非常に似ているはずなのに,なぜ異なる発声パターンを持つようになったのか全くわかっていませんでした。

 

(研究成果)
  今回,発声学習(さえずり学習)をする小鳥であるジュウシマツとコシジロキンパラの脳内のアンドロゲン受容体の発現パターンが違っていることが明らかになりました。家禽化によって学習・行動パターンが変化した動物の実際の脳で遺伝子発現パターンが変わっていることをはじめて明らかにした研究です。この遺伝子の発現の違いは,発声学習に重要な大脳基底核でみられ,かつ発声パターンを構成するのに重要な声と声の間隔のばらつき度合と正の相関が認められました。また,ゲノム上のアンドロゲン受容体の発現調節領域のDNA メチル化状態が異なることも明らかにしました。これは,エピジェネティクス状態の違いによって脳内の遺伝子の発現パターンや量を変えることで神経回路の性質を変え,行動パターンの違いを生み出す可能性を示唆します。

(今後への期待)
  同じ人でも,皆違った考え方を持ち,行動パターンや性格が異なります。同じ動物種でもなぜ個体ごとに多様な行動が違うのか?「氏」と「育ち」の問題として,現在でも多くの関心が寄せられています。生まれた後は,自分のゲノム配列(遺伝子情報)を変えることはできませんが,神経活動等で,ゲノムのエピジェネティクス状態が変わることが最近明らかになってきています。
  今回の発見で,脳内の神経回路構造やゲノム配列が非常に似ていても,ゲノムのエピジェネティクス状態が変わることで,ある特定の遺伝子のちょっとした発現量やパターンが変わり,それによって神経回路の性質が変化し,行動そのものもが変わる可能性を示すことができました。
  今後,これらの直接的な関連性をさらに研究していく必要があると考えています。

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家禽化に伴って脳内の遺伝子発現パターンが変化していることを発見
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