論文解説 Shibata et al. 2024


 Shibata Y, Toji N, Wang H, Go Y, Wada K.*

Expansion of learning capacity elicited by interspecific hybridization.

(異種間交配によって学習能力が拡張する)

Science Advances 10: eadn3409, 2024

doi: 10.1126/sciadv.adn3409

研究成果の概要

 歌鳥のオスの雛は、父親の歌を手本にして自発的な発声練習を繰り返し、成鳥になるころには父親とよく似た歌を歌えるようになって、メスへのアピールや縄張り主張をします。その際、他種の歌よりも同種の歌を上手に学ぶという学習バイアス(学習拘束性)を持ちます。そのため、キンカチョウにサクラスズメの歌を聞かせてもうまく真似できず、その逆もまた然りです。ところが、この2種間の交雑で得られたハイブリッド個体の雛は、親種2種の歌を両方とも学習しました。さらに、親種の歌に似ていないカノコスズメ、ジュウシマツ、カナリアの歌をお手本として聴かせた場合も、それらの歌を学習できることが分かりました。ハイブリッド個体の形質が親種を上回る現象は雑種強勢と呼ばれ、体の大きさや丈夫さなどの雑種強勢は家畜でも知られていますが、学習能力の雑種強勢の報告例は過去にほとんどなく、発声学習における雑種強勢現象はこの研究が初めての報告です。

 

 さらに、本研究はこれまで全く調べられてこなかった学習の雑種強勢の神経・分子メカニズムにアプローチしました。脳内で発声学習に関わる神経回路のいったい何が、親種2種とハイブリッド間で異なっているのでしょうか?1980年代から、歌鳥の発声学習を担う神経細胞が集まった脳領域(歌神経核)が大きいほど、多くの音(音素)を持つ複雑な歌を学習できるとする説が提唱されてきました。この仮説が当てはまるのか検証しましたが、親種2種とハイブリッド間で、検証した全ての歌神経核のサイズ、構成する神経細胞数、興奮性と抑制性の神経細胞数比において有意な差はありませんでした。一方で、1細胞(シングルセル)遺伝子発現解析によって、ハイブリッド個体の発声運動神経核のグルタミン酸興奮性投射神経細胞では、遺伝子発現レベルが親種間の平均値からずれている非相加的発現(non-additive expression)を示す遺伝子が多いことが判明しました。これらの遺伝子は、イオンチャネルや細胞接着、グルタミン酸受容体シグナリングに関連する分子機能を持っていました。さらに、ハイブリッド個体におけるこれら遺伝子群の発現レベルと学習した音素数には有意な相関がみられました。

 


図1. (上)今回の研究で用いたキンカチョウとサクラスズメを親とした異種間交雑F1ハイブリッドの実際。常染色体・性染色体(Z染色体)ともにハイブリッド雄では、親種からそれぞれの染色体を1本ずつ持つ。(下)実際に学んだ歌の例。キンカチョウ、サクラスズメの雛は、自種の歌の特徴をお手本の歌モデルから学び、別種の歌は学ばない。しかし、ハイブリッド雛は、お手本の両種の歌を学ぶ。

 


 

研究成果

 親種両方の再生歌を聞く環境で育った場合、キンカチョウ、サクラスズメの雛たちは、自種の手本歌パターン(歌の特徴)を主に学び、別種の手本歌を再現できた個体はいませんでした。一方、ハイブリッドの雛は両種の歌を学習しました(報道解禁後、発表論文サイトのSupplementary Movie(補足資料)としてその動画を視聴できる予定です:オープンアクセス可能)。また、親種とは異なる別種(カノコスズメ・ジュウシマツ・カナリア)の歌も、親種の雛よりも歌を構成する音要素(音素)の音響特性とその並び方(発声順序)の両方で上手に学習することが分かりました。これらの結果は、親種の学習拘束性を超えて、より多様な歌パターンを学習する能力をハイブリッド個体が持っていることを示しています。学習能力の雑種強勢現象です。

また、脳内のソングシステムを構成する歌神経核と呼ばれる発声学習・生成に関わる脳領域の大きさ、神経細胞数、興奮性・抑制性神経細胞の比率は、親種とハイブリッド個体で有意な違いがありませんでした。従来、歌神経核が大きく(構成神経細胞数が多く)なるほど、より多くの音素を含む複雑な歌を学習・生成できる、とする仮説が提唱されてきましたが、本研究の親種とハイブリッド個体についてはこの関係性は当てはまらないことが分かりました。

 

 それに対して、シングルセル遺伝子発現解析によって、ハイブリッド個体の発声運動神経回路内の投射神経であるグルタミン酸興奮性神経細胞群において、選択的に非相加的発現を示す遺伝子群が集積していることが明らかになりました(図2)。歌神経核の中には複数の異なるタイプの神経細胞やグリア細胞が混在していますが、これらのグルタミン酸興奮性投射神経細胞は鳥が歌う際に正しい音程や音の順序を制御している非常に重要な神経細胞です。通常は、子の遺伝子発現レベルは両親の同じ遺伝子の発現レベルの平均値、つまり中間になります。ところが、このグルタミン酸興奮性投射神経細胞では、ハイブリッドの遺伝子発現レベルが親種の中間ではなくてどちらかに偏り、両親種よりも高くなる・低くなるような非相加的発現遺伝子が他の細胞タイプに比べて多いというわけです。

 

 もしすべての遺伝子がハイブリッドで親種の中間の発現レベルを示すならば、全体の遺伝子発現パターンとしてみてもハイブリッドは親種の中間になりますが、ここに非相加的遺伝子が加わると、その数が多いほどその神経細胞におけるハイブリッドの遺伝子発現パターンの総体も、親種の遺伝子発現パターンから、単なる中間ではない方向へ「ずれて」いくことになります。これが、学習能力の違いに関わっているのではないかと考えられます。また、これらの非相加的発現を示す遺伝子群は、イオンチャネルや細胞接着、グルタミン酸受容体シグナリングに関連する分子機能を持っていました。さらに、ハイブリッド個体におけるこれら遺伝子群の発現レベルと学習した音素数に有意な相関を示すことを示しました。

 

今後への期待

 本研究の結果は、子の学習能力は、必ずしも父親と母親の中間にはならない場合もあることを実験的に示しています。発声学習能力に限っていえば、自種の歌を一種類しか学習しない親種の間に、様々な特徴の歌を潜在的に学習できるハイブリッド個体が生まれたという本研究の発見は、まさに「トンビが鷹を生む」一例でしょう。異種間ハイブリッド、と聞くと特殊な印象を持つかもしれませんが、実は自然界でも多くの異種間交雑が起こっていることが最近分かってきています。本研究で対象とした種以外にも、歌鳥の仲間には様々な歌学習能力を持った種がいます。もしかすると、多様な歌学習能力の進化の過程においても異種間交雑が一役買っているかもしれません。どのような親種の組み合わせのとき、どのような学習形式のときに、親の形質よりも子の形質が上回ることがあるのか、それがどのようなゲノム基盤のもとで起こるのかについては、さらなる研究が必要です。

 

 ヒトの双子研究からも様々な学習(計算能力・語学力等)に遺伝的要因が関係していることが示されています。しかし、それが実際にどのような遺伝子が、脳内のどの領域のどの細胞タイプに働きかけて、神経回路機能の何に影響を与え、個体差(個性)を形成しているのか、全く明らかにされていません。歌鳥の歌発声学習とソングシステム神経回路に着目することで、この問題にチャレンジできると考えられます。また、将来的には、歌鳥の異種間ハイブリッド個体を動物モデルとして、神経行動学・神経分子生物学的な見地から教育学を考察する、「神経教育学」研究の寄与に貢献することが期待されます。

 

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