Sánchez-Valpuesta M, Suzuki Y, Shibata Y, Toji N, Ji Y, Afrin N, Asogwa CN, Kojima I, Mizuguchi D, Kojima S, Okanoya K, Okado H, Kobayashi K, Wada K.
Corticobasal ganglia projecting neurons are required for juvenile vocal
learning but not for adult vocal plasticity in songbirds.
PNAS 116:22833-22843. 2019
doi: 10.1073/pnas.1913575116.
研究成果の概要
小鳥(鳴禽類スズメ目)の 一種キンカチョウを用いて,ヒトを含む哺乳類にも存在する大脳皮質から基底核へ投射している 神経細胞の発声学習・生成における役割を明らかにしました。
ヒトの言語や小鳥の歌は,親の発声パターンをまねることで後天的に獲得され,これを発声学習といいます。発声学習ができる動物種は非常に限られており(ヒト,鯨・イルカ類,コウモリ類,ゾウ類,オウム・インコ類,ハチドリ類,鳴禽類のみが現在知られている),小鳥はヒトの言語学習を研究する動物モデルとして注目されています。さらに,ヒトを含む哺乳類と小鳥の脳内では,発声学習・生成に関わる脳内神経回路がとてもよく似ています。その神経回路を作っている細胞群の一つに,歌神経核(HVC)に大脳皮質から大脳基底核へ神経線維を伸ばしている神経細胞(大脳皮質-基底核投射神経細胞:図1)が存在します。小鳥においては,さえずっているときに細胞毎に決まったタイミングで神経発火をする性質があります。この神経発火パターンが,運動学習・制御に重要な大脳基底核に時間情報を与えているのではないかと考えられてきましたが,実際の神経機能はわかっていませんでした。
今回の研究では,この大脳皮質-基底核投射神経細胞の機能を明らかにすべく,細胞死(アポトーシス)を人工的に誘導することができるタンパク質をこの神経細胞だけに出し,選択的な除去を行いました。その結果,発声学習前の若鳥のときにこの大脳皮質-基底核投射神経細胞をなくすと,その後の歌学習がうまくできず,成鳥になってもキンカチョウ本来の歌パターンでさえずりができないようになりました。これに対して,歌学習後の成鳥時から大脳皮質-基底核投射神経細胞をなくすと,学習した歌パターンに変化もなく,またその後聴覚剥奪後の歌の変化も正常個体と同じように起こることがわかりました。これらの結果は,大脳皮質-基底核投射神経細胞が発声学習状態によってその神経回路機能への貢献度が異なることを示しています。
研究成果
本研究から,発声学習前の若鳥のときにこの大脳皮質-基底核投射神経細胞をなくすと,正常の若鳥と比べてその後の歌学習がうまくできず,成鳥になってもキンカチョウ本来の歌パターンでさえずることができない上,異常な繰り返しが多い歪な歌パターンを作る個体も現れました。これに対して,歌学習後の成鳥時から大脳皮質-基底核投射神経細胞をなくすと学習した歌パターンはそのまま維持され,また,聴覚フィードバックを阻害した際に起こる歌の変化も正常個体と同じように起こることがわかりました。
これらの結果は,大脳皮質-基底核投射神経細胞が発声学習時には重要であるが,学習後の運動パターンの維持には重要な役割をもっていないことを示唆します。
今後への期待
発声学習は,ヒトの言語や楽器,スポーツの習得と同様,感覚や知覚入力と運動機能出力の協調による「感覚運動学習」の一つの学習形態です。小鳥の歌学習と同様に,言語や楽器,スポーツなどの習得にも今回注目した大脳皮質-基底核-視床ループ神経回路や大脳皮質-基底核投射神経細胞が重要な役割を担っていることが推測されています。さらに,パーキンソン病や吃音などの運動制御疾患がこれらの神経回路異常と関係していることが明らかになってきています。
小鳥の脳内の神経回路を構成する細胞群にフォーカスすることで,他の動物モデルでは研究する ことが難しい発声学習や感覚運動学習の学習臨界期の研究を進めることができると考えています。